日記帳五冊目
- 水野みやこ
- 3月18日
- 読了時間: 32分
更新日:3月25日
新しく日記帳六冊目を作りました。
ページが再び文字でいっぱいになるまで、こちらで綴ります。
25.3.18
これは私の個人的な好み、かつ、扱うのが得意な感情なのでお話の中にたまに登場させるんですが
AさんがBさんに何かをしてあげると、してもらった側のBさんのほうがAさんに恩を感じて好きになる……と普通は思うじゃないですか。
逆なんですよね。
AさんからBさんへの期待と執着が増します。
これだけしてあげたんだから、私に感謝しているだろう。
私はBさんにとって特別になれたに違いない。と、相手の中の自分の存在の大きさを見誤る。
ちえりちゃんがニコラにお洋服を差し入れする(プレゼントボックスに入れる)とき、選ぶ楽しみも含めて「自分の娯楽」と割り切っているので、推しが着ようが着まいがどういう結果になろうが平気です。
が、なけなしのお金を絞り出した百花は、真弓と一緒に贈ったかんざしひとつ、祝い花ひとつにものすごい期待をかけていました。
「してあげた」「がんばった」気持ちが膨らんでいる分、大きな感謝および地位の向上という見返りがなかったらしんどい。真弓の手描きの絵にも同じことが言えます。
でも私、この「期待してしまう」が好きなんですよね。
まだ世界の正しさを言じているみたいな純粋さを感じるから。
ちえりちゃんが祝い花を出さない理由はそれに興味がないからです。
なお、彼女は服が好きだから服をあげているだけで、「ニコちゃんがそれを着ることによって同担にマウントを取るぞ〜!」みたいなことも考えていない。
かわいい・似合うと思って選んだから、SNSに上がる写真は嬉しいし楽しい。
だけど、舞台挨拶やファンミーティングなど公的な場所で自分の贈った服を着られると、ちょっとヒヤヒヤする。
深く考えてないんだろうなーと思う。また面倒なことになったらそれはそれで嫌だ。
とはいえ、着るかどうかを選ぶのはニコちゃんであって自分ではない。懸念を理由にしてプレゼント自体をやめるわけではない。飽きたらやめる。
大変遅くなりました。
メッセージの中のご質問にお答えします
>別記事へお寄せ頂いた回答の公開
→ごめんなさい! それはできません。公開を前提として頂戴したものではないからです。
おひとりおひとりに許可を取りに行くことも難しいです。ご期待に添えず申し訳ございません。
> スポットライトが当たらない推しのこと(を、真弓ならどう感じるか)
→私の中に答えはありますが、文章化するのに時間がかかるのでまた別の機会にお喋りしますね。この日記に書くことになると思います。気長にお待ち頂けましたら幸いです。
25.3.11
エマの大好きなニーナ先輩は、エマが思うほど聖女でも白百合でも孤高でもありません。

『薔薇のつぼみの女王のための歌』第二部の始めの方(p8〜)先輩を待ち伏せして誕生日プレゼントを渡すシーンは、全然喜んでいないのがエマには分からないけれど読者には伝わる、くらいのニュアンスで描きました。
袋の中身は、明らかに大人の女性向けの、洒落たミニボトルの香水です。デパートの化粧品売り場に来たみたいなエレガントな香り。
正直、全然好みじゃない。
しかも高そう。喜びよりも、お返ししなきゃというプレッシャーの方が大きい。
なんか夢見られてるなぁ、と感じてはいたけれど、私はエマちゃんの中で一体どんな立派なお姉さんのイメージなんだろう……と彼女は思います。
望んで高身長に生まれたわけじゃないし、綺麗系よりもかわいい系のものの方が好き。
普段の服装や髪形も、自分の好みというよりも親の好み。
前に、凛とした姿が好きだとか言われたけど、全然優柔不断だし。
メッセージもお手紙もいつも、ニーナ先輩♡とカタカナで呼んでくる。
それをやめてほしいとまでは思わない。だけど、私自身というよりも、絵茉ちゃんの中で都合よくキャラクター化されている私って感じがする。
うーん、お返しかぁ……
困ったな。絵茉ちゃんの誕生日いつだったか覚えてない。そう言ったら泣かれそうだから直接聞けない。
咲良ちゃんが一人の時を狙って聞き出すくらいしか思いつかない。あの二人いつも一緒だけど。
というか私、本音言ったら、咲良ちゃんの方が好きなんだよね……
小さくてひかえめで子ウサギみたいでかわいくて、あんな風に生まれたかった。さすがに無いものねだりか。
絵茉ちゃんいるから絶対無理だけど、咲良ちゃんと仲良くなりたいな。
こんな感じです。
(本文の通り、エマもプレゼントを渡す前に、先輩の好みじゃなかったらどうしよう…と考えてはいます)
頂いたご感想やポストの中で、
「この先輩は、後輩の女の子を呼び出して注意するとき友達を二人も連れてくる時点で、エマの思っているような性格ではない」
といった趣旨のお話があって、それがとても嬉しかったです。
決別シーンの描写の意図が分かってもらえたんだな、説明くさくしなくてよかったなと思いました。
本当にその通りで、ニーナ先輩は事なかれ主義です。そのうえ人に求められるように振る舞ってしまうタイプ。傷つけたくない、落胆されたくない、期待に応えたい。八方美人のふしがある。
エマが成長の過程で自然と落ち着くだろうと思って、やんわりとしか指摘してこなかった(それでもものすごいエネルギーを消費する)んですが、
もう我慢できない、もうダメ!→うちら付いてくよ!全部言いなよ!→ありがとう……私が無理になったら代わりに言って……→屋上の友人らの「自分で言えたじゃん」発言につながります。
しかも「になぴ」と呼ばれている。それは完全にエマの知らない先輩の姿です。
自業自得とはいえ、大好きな先輩に呼び出されて行ってみたら上級生三人に対して自分は一人で、エマがどんなに怖かったことか。
中学のころは、
「咲良ちゃんって、いつもエマちゃんに従わされてる。もしかしていじめられてるのかな」
と思う人もいるくらい、周囲からは、主張しないおとなしい咲良を、エマが自分の兵隊にしているように見える時があります。
けれど咲良にとっては全然そうじゃない。
問題だらけのエマが、咲良の目を通すと、この上なく魅力的で真っ赤な薔薇のつぼみに見える。それがこのお話の第一部です。
コーラス代わってと言われたり、たとえ多くの不利益を被っても、私はエマちゃんが大好きだった。
応接間からのおたより、しかと受け取っています。ありがとうございます!
特定個人のメッセージではなくて全般的な話なのですが、私はけっこう、今まで頂いたご感想等を覚えている方です。
なので、ああこれは以前下さったお手紙やお言葉と繋がっているな……と思うと感慨深くなります。そして愛おしく感じます。ボロヴィニアへお越し下さることが本当に嬉しいです。
25.3.5
今思い浮かんだので忘れないうちに書き残しておきますが、「推す」という行為をはそれを通して「自分は何を大切にする人間なのか知る」側面があるなと思いました。
真弓にとって、ニコラを推した一年間は、己がどんな思想を持ち、何を愛して何が許せないのか明確になっていく日々だった。
これは、対象をキャラクターとするよりは生身の人間の方が当てはまるかもしれませんが、
どうして、推したい(≒信頼できる)と感じて、何が自分の気質と合っていると思うのか、仮にどんな要素が失われたらその信頼を手放すのか。
たくさんの人の価値観がいくらでも見られる世界で、この輝きが一等素敵だと思ったとき、自分は何者で、何を大切に思う人間なのかわかる気がしませんか?
25.2.28
とっても嬉しかったのでお見せします。


初めて訪れた本屋さんの、入ってすぐの特設コーナーに平置きになっていました。
発行からある程度時間が経っていて、そのあいだも次々新しい本が出ているにもかかわらず、こうして扱って頂けるいうことは
この一冊は商業的にも一定の成功をしている、と判断してよいのではないかと思います。
「全力が出せて、最高の絵が描けた」
という私の満足に加えて、そこで終わらずお仕事として結果につながったのなら本望です。
SNSに投稿したほうが本の宣伝としては望ましいけれど、この場所を探そうと思えば見つけられる現実の写真であることを考えて、お城の中でこっそり共有といたします。ご覧いただきありがとうございます。
応接間からのおたより、すべて拝読しています。
本当にありがとうございます!
制作中につき、ご質問が含まれるメッセージは回答が短くてもしばしお時間を頂きます、おゆるしくださいね。
25.2.21
ありがとう、ありがとう世界、ありがとう……本当にありがとうございます大感謝ありがとうございます………いいんですか……?こんな都合のいいことがあって……
hulu契約します、楽しみに待ってます。
何回かお話ししていますが私、栗山千明さんにずっと憧れていて大好きで、かつて母同伴でイベントに行き、白くてつやつやでさらさらしたお人形のような手で握手してもらって感極まって泣いている女の子だったんですけれども、あれは恋だったかもしれなくて、気持ちに名前がつけられませんでした。
彼女の特集ページが組んであった雑誌の抽選サービスに、めいっぱい可愛くデコレーションして好きなところをたくさん書いた葉書を送って、サイン入りのチェキが当たって大喜びしました。それを今も綺麗な状態で持っています。
記憶が正しければ、ライフスタイル系だったと思うんですが、彼女の小規模なトークイベントに行きたくて大人のファッション誌を買ってきて応募ページに飛んだら「普段読んでいる雑誌は?」の質問欄が全然知らない誌名ばかりで、どう考えてもお金があって都会に住んでいる自立したお洒落な社会人女性向けで、絶対これ対象じゃないよ〜〜〜と思いながら部活のお友達全員に頼み込んで応募してもらいましたが外れました。当たり前ですね。
JAバンクのイベントのために三重県まで行ったこともあるし、私が多大なる幻想を抱いていた綺麗なお姉さん枠のキャラクターが実写化される時、千明ちゃんがキャスティングされるなんて絶対にありえないのに「千明ちゃんじゃなきゃいや!」などと騒いでいた思い出もあります。かわいいですね。
彼女は美しい憧れのお姉さまであると同時に、過去の映像や写真に残る姿は完璧な少女で、けれど実際は容姿から受ける印象ほど冷たくはなく結構茶目っ気や可愛いところもあって……
私のたくさんの記憶と紐づいているので、気持ちが蘇ってきました。
『バトルロワイヤル』という過去の出演作品が観たかったけれど、あまりにも怖そうなため、試験明けか何かの早帰りの日にお友達を呼んで、家じゅう全部の電気を煌々と点けて臨んだのにやっぱり怖くて、結局二人でほとんど抱き合って震えながら半目で観た思い出とか……その千明ちゃんが凛と気高い少女だったこととか……あと柴咲コウさんが物凄く良かったですね。
すみません、今までの日記の中で一番とりとめがありません。お付き合い頂きありがとうございます。
25.2.12
どこからが大人なのか考えていました。
「『一生推す!』と言えなくなってから」
かなあ、と思います。
これは『NICOLA』の作者としておそらくベストな回答で、かつ、私の心の内側に一番近い答えです。
セイレーンちゃんを大好きになったときに初めて、「一生推す」とか「ずっと大好き」と言えなくなっている自分に気が付きました。
これは私にとってかなり、驚きと言いますか、明確な変容を自覚した瞬間でした。自分の心が移り変わらないと信じていられる無邪気さはもうとっくにありませんでした。
「同じ温度のままでいられないことを知っているからこそ、今を大事にしたい」といった旨のポストを残した覚えがあります。
あのとき、「こんなこと書いたら真弓に『ずっと大好きでいられないなら嘘』と言われてしまうな」と思いました。
そう断言する彼女の苛烈な純粋さをとても愛しているけれど、19歳の時にこの思考だった真弓は現在、それを保てていないであろうことも同時に考えてしまいます。
彼女自身がもう、ニコちゃんを一生推しても一生恨んでもいなくて、結局そんなものだと分かってしまった。
砂が石を丸くするように、時間が激情を少しずつ削って攫っていくことを、身をもって体験してしまった。
けれどまだ変化を受け入れていなくて、押し流されまいと抵抗しています。感性の死を遠ざけ、永遠の少女でいようとしています。
トスカーナの天使 の手記に書いたように、ニコラの一番好きな写真を呪いのアイテムみたいに大事に鍵付きの箱にしまい、慣れてしまわないようごくまれに取り出し、あの頃と変わらない新鮮な炎に安心しています。
私の話に戻りますが、「一生好き!」はもう言えなくても、「この最初の熱病はずっと続かないだろうけど、いつか穏やかになっても大事に愛し続けるだろう、楽しかったと思えるだろう」は確かにあります。
こうなって良かったのは、かりそめの永遠にあぐらをかかなくなったことです。一生続かないものだと分かっているから形に残そうとするんですよね、まだ手の中にある花火みたいな輝きを。
セイレーンちゃんを個展の一角に出せたのは本当に良かったです。
彼女のことは現時点でもドキドキしてしまうくらい好きですけれど、いつかそうではなくなったとしても、私の抱えている夢は展示空間の写真にも図録画集にも残った。お越し頂いた皆さまの記憶の中にも。
閉じ込めることに成功したから、もう変化が怖くありません。
カテゴリが違うので全く別の話になりますが、自分で一から完成させ、満足できる表現に到達したものは間違いなく「ずっと好き」ですね。
NICOLAも薔薇の女王もそうですし、出している作品はみんなそうです。
そして、応接間からのメッセージありがとうございます!
私がここに書き残した言葉から思いを馳せたり、多くを考えて下さることが本当に嬉しいです。大切に拝読しています。
25.2.5
「映画『ぼくのエリ 200歳の少女』の邦題のまずさと、日本で上映するにあたって修正されたシーンのせいで、内容が変わってしまっている」
という、それなりにニッチな話題で中学の友人と盛り上がり、これが夢ではなく現実であることを不思議に思いました。
中学なんてたまたま同じ年に生まれて、それなりに家が近かった子の集まりでしかありません。
大学くらいまで進学すれば、周囲には自分と同じようなものに興味を持つ似通った文化圏の人しかいなくなるので、それならわかるのですが、
私はこの話ができる大人になる女の子に中学生のころ出会ったんだ……となんだか感激してしまいました。
おそらく向こうもそう思っていたでしょう。
去年は本当にスケジュールが詰まっていて、「一日空けて、自分の楽しみだけのために、誰かと予定を合わせて遊びに行く」ということがほとんどできなかったので彼女とは久しぶりの再会になりました。
関東に引っ越したとは聞いており、ありがたいことに個展やコミティアにも来てくれたけれど、作家としてではなく中学のお友達のみやちゃんとして会うのは新鮮でした。
あとはまあ、私がちょっと警戒していたんですね。
決して「彼女の性格を……」とかではありません。穏やかで思慮深い子です。ただ、結婚か同棲で引っ越すんだろうなと思っていたから。
シングルの女性が、進学や就職以外で引越しをすると言い出した場合、95%結婚だと思っています。「環境が変わる」という言い回しなら100です。
先手でそう考えておいたほうがダメージが少なくて済みますし、蓋を開けてみるとやっぱり絶対そうなんですよ。
結婚したいと思っている人がそれを叶えるのは私、とてもおめでたいことだと思っていて、表面的ではなく心から祝福する気持ちがあります。人生が自身の思う方向に行くのはすばらしいです。
ただ、「関東に引っ越すよ」を「今までよりも近くに行くからみやちゃんと会えるよ、楽しく過ごせるよ」というニュアンスで捉えてしまっていた場合、
あとで実は結婚(同棲)であるとわかると、あっ……となるんですね。
子供みたいに無邪気に喜んでいたのは私だけで、現実の話だったんだなあと恥ずかしくなります。
もうあの頃と変わらないおしゃべりはできないし、彼女にはもっと大事な、違う世界があるのだから、私から誘ったらだめなんだ。と思います。
というわけで、期待せず様子を見ていた部分があるのですが、
「私は、みやちゃんが中学の友達じゃなくて初めましての作家さんだったとしても、作品をすごく好きになっていたよ」
と言ってくれて、胸が震えました。
違う高校に進み、そこからそんなに頻繁に連絡をとっていたわけでもなかったのに、私が中学卒業のときみんなに配った絵をまだ持っていてくれて(かなり恥ずかしいですが思ったよりはましな内容でした)、
例の「この子をもっと大切にすればよかった」が顔を出しました。
とはいえ、それは今だから言えることで、高校では高校の、大学では大学の新しい世界と人間関係があるんですよね。
それぞれの場所で一生懸命で忙しくて、若くて未熟で激動だから、同じ温度のまま抱えてはいられない。
けれど一度取りこぼしてしまっても、こうして好きが再会させてくれることもあるんだなと思いました。
25.1.26
手記『咲良とユニ様の話』を新しく書きました。
前半がタイトル通りの内容で、後半がキャラクターの不変性の話です。
まとめや告知ではない久しぶりの単発記事です。ずっと言いたかったことなので、書けて満足しています。咲良のことが大好き。
エマは自分のことしか考えていないし、思い通りにならないと不機嫌になり、他者への気遣いができるほど精神も成長していませんが、意地悪な子ではありません。
『薔薇のつぼみの女王のための歌』第二部にて、咲良がこっそり書いている夢小説がエマに見つかるシーンがあります。

この日からずっと、咲良の心の中に夢の世界があると知っているのはエマ一人だけ。
他の三人の友達に知られていないのは、別に言いふらす必要がないからです。
エマには「聞いてよ、咲良ってさぁ、こんなの書いてて……ぷくく」みたいな性質はない。
そもそも空想を馬鹿にする感覚も持っていない。その上、友達の中で咲良が一番好きですしね。
だからといってエマが咲良の嗜好に配慮することはありません。
作中ではっきり説明してはいませんが、第一部の「我が氷の華よ」の場面の4人はBLの話で盛り上がっています。
咲良は内心、好きではない。けれど、エマが咲良の気持ちを想像して発言を控えたことは一度もありません。
咲良としては4対1になってしんどいですが、そこまで人に求められないし、この小説をみんなに紹介してしまったのは自分だとわかっているので黙っています。
エマが特典で引いたユニ様をくれたのも、「自分は我慢して人に譲ってあげた」とはちょっと違います。
咲良にとってはものすごいことで、エマちゃんもユニ様好きなのに?!女神?!と思うほどですが、エマにとってはそんなに大したことない。
ニーナ先輩への熱量の方が圧倒的に高く、ユニ様や小説『カサブランカ戦記』への気持ちは咲良の好きほど情熱的ではないから。
あっユニ様出たじゃん! 咲良が持ってたほうが嬉しいだろうし、あげよっと!
くらいの感じです。
恋=自分のニーナ先輩への気持ち=咲良のユニ様への気持ち。
自分には先輩。咲良にはユニ様。
これは感覚的なもので、言語化がやや難しいのですが、自分が持っている気持ちならそれとして理解できる。
お互い認め合って励まし合って、恋する乙女として結託しているような高揚がエマにはあります。
応接間より素敵なアクセサリーを教えて下さった方、ありがとうございます!
あなたがそのアイテムを見て、私とセイレーンちゃんを思い出して下さったことがとっても嬉しいです。
25.1.21
・各記事タグづけ、手記トップページにタグクラウドを表示
・検索窓の作成&設置
を行いました。
完璧になってから公開しようとするとおそらくずっとお見せできませんから、使いながらブラッシュアップしていきます。
また、書籍版『NICOLA』の制作編集時(2023年1~3月)のポストをまとめました。
前後の文脈が無くても伝わる程度に直していますがほとんどそのままです。
クロエちゃんの話がお気に入りです。百花の話も割としていますね。
当時、薔薇の女王第一部の制作を同時進行していたので、冒頭ページのエマの下描きが出てくるなど見返していて楽しかったです。
ポストとは別に、『NICOLA』を本にするにあたっての編集・修正はここで触れています。
♛「美しい一本道を作る」

漫画へのこだわりが詰まった単発記事の一つです。
25.1.15
この日記帳も含め手記全体の文章量が増え、自分でも目的の文が探しにくいと感じるので、
・各ページにタグ付け
・検索窓の設置
・関連記事の表示
等の整備に着手しました。
『NICOLA』『薔薇の女王』等作品ごとのタグをつければその話題を辿りやすいですし、キーワード検索もできるようにしたいです。
あとは細かいところですが、スクロールが面倒な仕様で過去の手記が表示しにくい、なのに一本読んだあと戻ると最上段に帰ってきてしまう、など解決したい課題がけっこうあります。いらした方にとって心地よいお城にしたいので。
完全に理想通りにいくかどうかはやってみないとわかりませんが、2022年冬から止まっているポストまとめも含め、手記関係の1月中の課題とします。
SNSのアーカイブは取りました!
手記を始めとして、これから個人サイトのお手入れを少しずつ進めていきます。
「ここちょっと見づらいな」と感じるお部屋、リンク切れや作品の見切れ、誤字脱字等を発見された方は、お手数ですがお知らせいただけますと大変助かります。
『ボロヴィニア再録集』へのお言葉をお寄せ下さった方、ありがとうございます! しかと拝読しました。
初期の作品の苛烈さや切実さが大好きなので、きっとこの先どれだけ時間が経っても少女シリーズへのご感想は嬉しいだろうなあと感じています。
少しこそばゆい気持ちもありましたが、当時のあとがきも載せて良かったです。これも含めて個人の作品なんですよね。
25.1.7
奇跡の話をしてもいいですか? しますね。
帰省先から戻り、ポストを見たら、会社A(仮名)さんから作家活動関係の書類が届いていました。
それが 要返送 かつ 開封時点で提出期限を過ぎていた ため悲鳴を上げながら大急ぎで書き、手持ちのレターパック(速達)に入れましたがここで問題が起きました。
私の手元にあったレターパックは値上げ前のもので、そのままでは料金不足のため使えません。
わずかに持っていた切手を足してもあと30円分足りない。
仕方ない、段取りを変えよう。他にも提出物があったら大変だし、今届いてる郵便をまず全部開封しよう。
そう思い、全く関係のない会社B(仮名)さんからの封筒を開けたらなんと!
30円分の切手が入っていました。
そんなことある???
と驚いて中身を読むと、
「弊社でご用意した切手が損傷しており大変失礼いたしました。ご負担頂き誠にありがとうございました」
そういえばこの前、会社Bさんの返信用封筒に貼ってあった切手の一部が破れてたんだっけ。
「私のせいじゃないし面倒だからこのまま出そうかな」
と一瞬考えたけれど、期限のある書類だし、
もし使用不可で戻ってきて余計な時間がかかったら向こうが困るだろうと思って自腹で買って付け足したんだ。
私自身はすっかり忘れていて、まさかこんな丁寧にお返し頂けるなんて想像もしていませんでした。
というわけで、巡り巡って切手を得て、会社Aさん宛のレターパックはその時点で可能な一番早い便に乗せることができました(おそらく)。
年明けに過去の行いが最高のタイミングで返ってきて、これはなかなか幸先がよいのではないでしょうか。
2200件のメモの全確認と仕分け、なんとか完了しました。ものすごい文量で相応の手間はかかりましたが得るものは多かったです。
iPhoneデフォルトのメモアプリですが私にとって外付けHDDのような役割で、自分の頭の中のメモリからすっかり消えていた漫画のネタをはじめ、各種色々が出るわ出るわ……
なんて私の趣味に合う話なんだろうと感動するなど、時を超えた自給自足となりました。
過去に自分で埋めて忘れていた宝物を掘り出した気持ちです。
16500件ある画像の整理も少しずつ頑張ります。
200件ほど手を付けた段階で、『薔薇のつぼみの女王のための歌』第一部発行の一年以上前に描かれたプロトタイプ咲良の絵が出てきました。後日公開しようと思います。
年末年始にかけて頂戴しましたメッセージ、大切に拝読しています。
現在個別のお返事はお休み中で、再開未定ではございますがお礼のみ書かせてくださいね。
薔薇の女王のラストに心寄せて下さった方、おすすめの小説をご紹介頂いた方、セイレーンちゃんと撮影したお花の名前を教えて下さった方、そして2025年を『NICOLA』の年にしたいという宣言への喜びのお言葉、本当にありがとうございます。
具体的に何をするかは、ある程度進んでからお話します。楽しみにしていてください!
25.1.1

あけましておめでとうございます。
門をくぐって、ボロヴィニアのことを思い出してくださるあなたの幸福な一年を祈っています。
2024年までの制作を通して、やっと頭の中の理想と実際に描けるものの乖離が少なくなってきました。
これは私にとって革命的なことでした。
ずっと同じものが好きで、その世界観、その感受性をどうにか表現しようとがんばるけれど全然理想通りにいかなくて、いつも自分の未熟さを思い知り、それでも空想がやめられない、祝福と呪いが紙一重のような時間が長かったから。
選ばれし特別な苦しみでもなんでもなくて、同じ魂を持つ少女たちにとって、きっととてもありきたりな現象です。
一度でも美しいものを愛したり、夢見たり作ったことのある人ならばみな、そうですよね。
2024年夏の初個展の際、私の中で明確に「第一章 完」と感じたできごとがありました。
当日のお話はいずれ書くつもりですが、聖域を訪れてくれた友人と後日、笑い合って少し冗談めきながらその話をしました。
「プロの絵になったね。ここまで続けてきたからだね」と伝えてくれた彼女の、まだ子供に近かった頃からずっと見守っていてくれる、穏やかな愛情のまなざしを生涯忘れたくありません。
ここからは第二章、ということで今年の目標を書きます。
2025年は『NICOLA』の年にしたいです。
何をするかはまだ内緒とさせて下さい。
ご依頼等、先に仕上げたい作品があるので、着手は4月以降の見込みです。
個人サイトでしか話していませんから、しばらく私とあなたの秘密です。
今年も一緒に天使を想って、夢をあとにを歌って、星の散りばめられた夜空を飛びましょうね。
24.12.29
頂いて嬉しかったものの話とおすすめの小説の話
コミティア150から戻ってきた夜の日記に書いていた、"きっとみなさんもご覧になりたいであろう素敵なもの" は、こちらのパンフレットです。

Xで少しお喋りしましたが、映画『乙女の祈り(Heavenly Creatures)』公開当時の貴重なお品です。

(日記内でのみ中身の一部も共有します。
「妖精は裁かれるべきか」、ものすごく良くないですか?
他のページでも少女たちのことは妖精、天使と表現されており、ポウリーンの親や教師のような現実を生きる人間と分かたれている)
古書店で発見したとお聞きして私は、その方が外出先で「水野の好きな映画である」と思い出して下さったこと、私の喜ぶ顔を想像して包み、こうして贈り物にして下さったことが何より嬉しかった。
お心が付加価値となって、この一冊をさらにかけがえのないものにしています。
SNSの特性上、すべてを公開するメリットよりデメリットの方が大きいと判断しているので、時間を置いたり頂きものであることを伏せるなどしました。
個人的な差し入れやお手紙の写真を載せないのも同じ理由で、喜んでいないからではなくて外の世界から守るためです。
応接間より頂きましたご感想、しかと拝読しています。感謝申し上げます。
間もなく2024年が終わってしまうことが衝撃的なんですが、ゆっくり大切に綴って下さったメッセージを拝読していると、私もその作品を描いていた時間に戻れます。
そしてありがたいことに、頂いたお手紙を保管していたレターボックスが夏の個展でいっぱいになりました。
先日まとまった時間がとれたので、一通ずつ読み返しながらポケットつきの新しいリフィルに収め、時期ごとに分けてきれいにファイリングしました。
いつでもボロヴィニアの歴史と共にあります。
さて、これで今年の日記は書き納めになるでしょう。2023年の12月に始めましたから、ちょうど一年になりました。
個展やイベントの際、「水野さんの日記好きです」とお声がけいただいたり、お手紙で教えて下さって本当に嬉しかったです。
SNSはパブリックな感覚があり、それも悪くはないけれど、私室に置かれた一冊の本であるこの場所が内側の感性に最も近いから。
私がそうしているように、一緒に大事にして頂きありがとうございます。作品のお話も遠慮なくめいっぱいできて幸せです。
24.12.25
この日記を開いている皆様方、メリークリスマス!
私は見事にインフルエンザをもらってしまい悲しい夜を過ごしました。先日頂戴した真弓へのおたよりを読み返して耐えていました。
とはいえ合法的に数日間お休みな上に、このまま年末年始休暇に突入と思われるため、正直悪くはありません。
つらくないと言えば嘘になるものの、約3年前にコロナで上気道狭窄になって入院した時の地獄の苦しみを100とすれば5にも届かないくらいなので全然許容範囲です。ピザとか食べてます、どうぞご心配なく。
自家通販の到着のご連絡ありがとうございます。
BOOTHから頂いたメッセージも含めてすべて目を通しています。あなたにクリスマスの贈り物ができて嬉しいです!
ちょうどいい時期でしたから、ささやかなプレゼントになるようにと、早めに梱包や発送に手をつけたのが結果的にも大正解でした。
(念のため書き添えておきますが、その時点では元気でした。
そして万が一を考えてお医者さんにお伺いしたところ、触れてから時間が経ったものに感染力のあるウイルスは残らないため荷物は大丈夫だそうです。安心しました)
昨日がピークだった感があり、今は咳のしすぎで腹筋が痛むこと以外はだいぶ回復してきましたので、あわよくば明日あたりから今年一年分の積読と積み映画に手をつけたいです。
けれどその前に2200件溜まった創作関係のメモの整理もしたくて、書きかけの手記が何本もあり、年内にやりたかったお城のお手入れもまだですし、強欲企画の第二回もやりたい、できるだけ早く2025年制作予定の作品準備に取り掛かりたい、あれもこれも全部、時間がいくらあっても足りません。幸せなことですね。
24.12.20
真弓のお誕生日会2024会場を作りました。本日はどうぞこちらへお越しください。
・今現在の真弓が何をしているかのお話
・百花と友人になり、NICOLAの第一話に至るまでの年表
を公開しています。
24.12.17
あんなに楽しかったのに、ぱったりやらなくなった行動に思い至りました。
それは、好きな音楽で想像を巡らせて
「これは○○ちゃんのイメージ」
と きゃあきゃあすることです……
現実の自分がいる別に好きでもない学校の教室から魂を飛ばし、(主にALI PROJECTさんの紡ぐ)美しい世界に思いをはせて、お城の地下室やきらびやかなダンスホール、黒い水仙の咲く湖のほとりを彷徨って、
そこにある少女の精神に、合っていようがそうでもなかろうが、好きなキャラクターや自分の創作キャラを重ねまくっていたんですが、いつのまにかやらなくなりました。
前向きな仮説としては「巣立ったから」です。
人様の言葉や作品をお借りしなくても、自分で自分の空想を形にできるようになってきたから。
そうであれば、故郷を離れた寂しさは残るけれど希望が持てます。
アリプロは今も変わらず聴いていて、大事に思っています。
けれど、少女の頃の「これこそ自分だ」とか「私の理想そのものだ」といった境界のない溺れるような陶酔はあの日に置いてきてしまった。
当時はそれが必要だった。今は感謝に変わっている。これは「アリプロのコンサートに彼氏を連れてきた後輩の話」の中で書きました。
いつでも美しい幻想に浸れるし、夢中になる心を思い出せるけれど。
この耽溺は少女時代の特権だと思っています。
NICOLAの1月編で、可奈子の作品に対して真弓が思っていること(↓)は真弓がまだ少女だから感じている。

もし真弓が、外の世界を知って様々な経験を積み、自己理解の進んだ社会人になってから初めて触れた場合、
大好きだけど中高生の頃に読みたかった!!
と思うはず。
そう、だから『倒立する塔の殺人』特設ページに目を通した時、「できることなら、少女の頃に出合いたかった。」のコメントに心惹かれました。
いつ触れても素敵な本。
けれど、まだ自分自身の形が定まっていない、
ノーガードで魂が剥き出しでひどく感じやすい、
子供と大人の間の時代だけにしか得られない、
自分と作品の境界が溶け出すような陶酔はある。
話を戻して、セイレーンちゃんのイメソンって今のところ無いんです。
そこそこ自分で描けますし、既に自分の中にある言葉で彼女のことを話せるので、その点においては割と満足していて枯渇を感じていない。
イメージを掴み取るための手段を外で積極的に探す旅自体、あまりしなくなった。
歌ってほしい曲はありますよ。
暫定一位がこちらです。
お嬢さんぽくて甘やかで、かつ歌い方がどちらかというと淡々としていて、彼女にぴったり。
清楚なスキャットもたまらないです。絶対似合う。もう私の空想の中ではセイレーンちゃんが歌っています。
二位はこちらです。
冒頭に鯨の鳴き声が入っていて、神秘的な海を目の前にしているよう。
サビ終わりの「You crush the lily in my soul.」という一節が特に好きです。全体的に詩のような、日本語訳が難しい歌なので感覚で受け取って頂ければ嬉しいです。
どちらも外国語のレトロポップスで、現代を生きる日本語話者の私たちにとってどこか現実味がないところも良いです。
応接間からのご感想等ありがとうございます! 楽しく拝読しています。
個別返信をお休みする前に頂戴したおたよりは年末にお返事いたしますね。
私から出す話題は、私の考えの及ぶ範囲でしかないので、他者の視点から頂ける「この人物は〇〇についてどうだったんだろう?」といったご質問はとても刺激的で新しい話題が広がります。
今後描く可能性を考えて伏せていたり、物語の構成上喋れないこともありますが、これ良いなと思ったお話は気が向いたときに綴りたいです。
真弓のお誕生日の12月20日(金)21時から、
三日間限定でBOOTHにて自家通販を行います。
この機会に、きれいな状態で残っている下絵や線画、ポスター、過去のノベルティや試作品など、少数手元に残しているものを販売します。
全てスキャンして画像もほとんど出揃いました。
各既刊本やグッズも、開始時刻になりましたら自家通販分の在庫を追加します。「自宅から発送」表記のものはすべて同梱可能です。
次回の自家通販は未定のため、ご縁がございましたら幸いです。
24.12.11
ひとつ前のゆるやかな続きです。
はっきり言ってしまえば真弓にとって田口くんは存在自体が罪です。
真弓は自分にすら本音を隠して良い子でいようとしてしまうので、「ちゃんと徹底してほしかった」とか「プロ意識が低くてがっかりした」とそれらしく話すでしょうけれど、実際は隠す隠さない以前に天使が生身の人間の男性である現実そのものが苦しいです。
同じファンでも、この感覚はみな異なります。
2.5次元舞台に出演する前からニコラを推している、ちえりちゃんとルリさんは「普通の男の子」っぽい側面を何度も見たことがある。当時はそうだったから。
この二人は意識しなくても本人と作品(表現)を分けて考えている感じ。
もちろん、身内に近い立ち位置となった野菊さんもニコラへの幻想度は低い。自身が男の子の母親であることも、彼へのまなざしに影響している。
>彼は高畠クロエ役に抜擢されるまで、小規模の活動しかしていなかった。
>こんなに注目されたのは初めて。大きな波に押し流されるように求められるがまま応えようとしてクロエちゃんに寄せ、書き言葉も文学的にして、優雅にふるまい、決してそれは、全部が嘘ではなかった。
(三冊目 8月11日の日記より抜粋)
ルリさんは「見せてくれるものがすべて」派です。
これまでの歳月と過去の経験が彼女をそうさせています。昔は上記の真弓に近い考えでした。
溢れんばかりの繊細な少女性を抱えている真弓を目の前にして、
これ以上傷ついてほしくないし否定もしたくない。あなたの気持ちが手に取るように分かる。助けてあげたい。こんな風に生きてみたかったけれど私はここまで純粋にも潔癖にもなりきれなかった。愛おしい。守ってあげたい。
と思いながらも、干渉しすぎないよう適切な距離で見守っています。
この「干渉しすぎない」が具体的にどういうことか、言葉にする試みと共に掘り下げてみます。
私自身が気を付けている振る舞いでもありますから、ここから物語を離れて現実寄りのお話になります。
問題に直面し悩んでいる未成年がいるとしましょう。経験に基づいてアドバイスしてあげたいと思ったとき、
「まったく感謝されなくても手を差し伸べたいのか、この子を救って尊敬されて価値ある存在になりたいのか、どっち?」
と自分に訊ね、前者なら話したいことの1割だけを選んで伝えます。
本当にそれで充分。何もかも言わなくたって、聡明な少女たちはちゃんと自分で歩けます。
「私の価値を認めてほしい」という欲求は誰もが持っており、抗いがたいものです。
それに目をつぶらず自覚的でありたいですし、年下と話すときは一段と注意が必要だと考えています。
なぜなら彼ら彼女らはイエスと言うしかないから。
どうしたって不均衡なんですよ。褒めるしかない、従うしかない、違うなと思っていても口には出せない。
何言ってんだこいつと感じても笑顔を崩さず、ありがとうございました助かりましたと頭を下げるしかない。
それを理解せず、気持ちよくなって「良いお姉さんである私」「尊敬される自分」を実感し自己愛を満たすために他者を使う人間にはなりたくないので、相手が学生だと分かっているときは特に慎重に接します。
今までに出会った先輩方や素敵なお姉さんたちが、そうして私を見守ってくれたから。
共感の言葉に救われながらも、自分で考える余地を残してもらって、そこに丁寧な愛情と信頼を感じて嬉しかった。
いつか「お姉さん」側に立つ順番が回ってきたときは、彼女たちのようになりたいと思って背中を見ていました。
24.12.5
天使のニコラと田口雄大、どちらが彼の「本当の姿」だと思いますか?
一般的に言えば当然、田口雄大です。
真弓も、田口くん(の一部)を知って天使じゃないんだ全部嘘だったんだとショックを受けていて、私はそんな真弓が大好きです。
が、比較的最近になって、ニコラが本当説もあるなという考えが浮上しました。
それは天使ニコラが彼のなりたい姿だから。
こんなパフォーマンスがしたい、こういう表現を目指したい。その結晶が本当でなかったら何が真実なんだろうと思ってしまった。
選べないものの構成割合が多いデフォルトの存在を「田口くん」だとするならば、「ニコラ」は彼の主体的な選択の結果で、そこには本人の意思しか入っていない。
ニコラをやっている場に田口くんを露呈させてしまったミスがどのくらい罪深いかは、別件なので今は置いておきます。
現実から切り離せない、生来の生身の自分と
こんな形でありたいを体現した、理想の自分
どっちが"本当"だと思いますか?
この感覚を今言葉にしてみて、光を感じたと同時に、物分かりが良くなってしまったような寂しさをおぼえました。
「嘘つき」
と睨みつける硬質で潔癖な少女であり続けたかったのに。確かにそう願っていて、それ以外何も許せなかったはずなのに。
自分ではどうしようもない、変えることのできない他者を原因とする心の動揺が昔よりも減りました。確実に生きやすくなりました。
けれどその安寧と引き換えに、すぐ粉々になる、薄くて透明な硝子のような感受性を手放してしまったかもしれない。
「最初の本である『少女の国』は特に、今はもう描けない作品だと感じる」といった趣旨のお話を原画展の思い出の中で綴りましたが、『NICOLA』もそうかもしれません。
たとえ、これからもっと、すべてが自分ごとではなくなって、新鮮さも神聖さも苛烈さも切実さも、夢を見たり信仰して踊りしそうな高揚も、崇拝と表裏一体の殺意も何もかも全部失っても、真弓が危うくて完璧な少女のバランスを保ったままずっとそこにいてくれる。
いつでも彼女の目を通した少女の国に帰ることができる。彼女と過ごした一年間は私の宝物です。
お読みいただきありがとうございました。
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