top of page

カサブランカの花の香りー咲良とユニ様の話




『薔薇のつぼみの女王のための歌』より咲良と、彼女の大好きなユニ様を掘り下げたお話です。


どんな物語のどんな人物で、咲良は彼のどんなところが好きなのか。好きを共有する喜びと痛み、そしてキャラクターの不変性について。




 



『カサブランカ戦記』は、咲良が小学校4年生のころに親が買い与えてくれたファンタジー小説です。



(第一部 咲良視点より)




児童文庫レーベルから出ていて、対象年齢は小学校高学年以上。

青い鳥文庫や角川つばさ文庫などをイメージして頂ければと思います。


咲良が初めて手にした時点で3巻まで刊行されており、その後年に1~2冊ずつのペースで新刊が出ています。




世界中の様々な国を訪れる冒険譚と、多国間の戦いの歴史が絡まり合うハイ・ファンタジーで、少年少女向けだからといって決して子供だましではありません。


その国や土地、それぞれの文化の描写が濃密で、人々の生活や道具、建物の様式、根付いた魔法から思想まで説得力があり、個性的なキャラクターたちがそこに確かに生きている。


「ここではないどこか」に耽溺する、咲良のような文学少女だけでなく、かつてそうだった大人たちからの支持も得て、

咲良が中学に上がったころに児童文庫の小説では珍しいくらい一気に話題になりました。





咲良の好きなユニ様は、


国を挙げて祀っている生き物が龍

国花がカサブランカ(タイトルに絡んでくる)


という国の重要キャラクターです。

見た目よりも長生き。



2巻の後半で初登場した時点ではかなり排他的で、神経質で、張り詰めた感じのする人でした。

しかし物語が進むと、必要以上に冷たい態度には理由があったことが分かります。


彼が本当に好きなのは権威でも戦いでもお金でもなくて、夕方の光を浴びた金褐色の麦畑のさざめきや、幼い頃から大切に持っている革装本に施された美しい葡萄の蔓柄の細工、雨が上がったあとのきらきらした川面と大地のにおいだということが、とても丁寧に描かれていきます。



そこが咲良の一番好きなところです。


冒険の仲間に加わり、外の世界に出て、誰もが自分を知っている狭いコミュニティではなく自由な空気を吸ってはじめて、

それまで表に出すことができなかった繊細な感性が花開いていくさまがたまらなく大好きで、誰にも踏み入ってほしくないくらい神聖で、泣けてしまうほど愛しています。




同じ「ユニ様推し」でも好きなところはそれぞれ違います。

同じ物語を読んでどう捉えるかも異なります。


形を整えられる前の、人間よりも妖精に近い中学生の女の子5人で同じ作品への熱を共有するから、楽しいと苦しいのバランスが毎日変化して目まぐるしい。



(第一部 咲良視点より)




エマはグループ内で権力があり意見が通りやすく、咲良は争いも自己主張も苦手で黙って我慢する少女。


「教えなければよかった」

「私一人のものにしておけばよかった」


と後悔しながら、すぐ次のシーンではエマに特典を譲ってもらえて嬉しくて、もう毎日こんな感じで、みんな上がったり下がったり、傷ついて許せないけれど飲み込んで、だけどおしゃべりが盛り上がって幸せな放課後もある。







なお、「アル」と呼ばれているのは、この9巻表紙の左側(ユニ様の後ろ)の男性です。本名はもっと長い。

ユニ様と同じ国の出身で、同時に冒険に加わるキャラクターです。彼が剣士タイプでユニ様が魔法使いタイプ。


ユニ様より少し年上ですがほとんど幼馴染のように育ち、硬質な美しさをたたえたユニ様も彼には少し気安いです。

巻を追って関係性の変化が描かれていくため、登場シーンではほとんど一緒にいます。


咲良にとっても好きなキャラであり好きなペアですが、咲良には咲良の信じるものがあり、友人らと同じ傾向の盛り上がりはできません。





薔薇の女王を読んで下さった方にはきっと伝わっていると思いますが、咲良は、カサブランカ戦記がアニメ化することも喜んでいません。


小学生のころから好きで、もう自分の中のユニ様が確立されている。

表紙と挿絵以外はすべて文字だった憧れの人が動いて、声がついて、今までとは比べ物にならない解像度になってしまう。


正解のユニ様をたたきつけられたら、きっと自分の空想は簡単に壊れて、間違いになって行き場をなくしてしまう。それがとてもおそろしい。



咲良は「喜べないなんていけないことだ」と胸の中に押し込めています。他の4人の友達はとても楽しみにしている様子のため、絶対に言えません。





 




ところで、


商業的視点から「キャラを好きになってもらうこと」を重要視していればいるほど、その作品のキャラは不変に近くなる


と私は思っています。


二年生の子が三年生に進級し、三年生の先輩が卒業してもう登場しなくなる、なんてソシャゲがあるでしょうか。(あったらごめんなさい)



逆に言えば、「変化させることができない」という縛りが発生しています。

当然見た目と作中時間は変えられない。過去に出した設定を覆す行動はとれないし、一度言ったことはほぼ永遠。

ストーリーで成長や変化を描く場合も、そのキャラらしさを高い水準で保たなくてはならない。


そうでなければ、打ち出したキャラクターに思い入れを持ってお金を出してくれるお客さんの信頼を失ってしまうから。




これが、個々のキャラではなくストーリー中心ならどうでしょうか。


物語の進行に沿った登場人物の死亡・退場、存在を根底から覆すほどの「実は〇〇でした」展開や、見た目も含めて突然キャラが変化する可能性だってなくはない。クロエちゃんみたいに。



(NICOLA 12月編より)




さて、咲良が愛している『カサブランカ戦記』は児童文学小説です。


ソシャゲどころか、一般的に想像される漫画やアニメよりもっともっと、「キャラ単体を売る・推す」文化の外にある。

不変が担保されているはずがない。ユニ様に何が起きてもおかしくありません。


咲良もそれを中学生ながらある程度理解していて、新刊が出るたび嬉しいけれど少し怖くて、ビニールを剥く手が震えるのです。






 


お読みいただきありがとうございました。


日記の中や原画展の思い出で時折綴っているものの、『薔薇のつぼみの女王のための歌』初めての単発記事になりました。


そろそろお手に取っていただいた方の中で印象が固まっているでしょうし、枠の外側、描かれていない部分の話を少しずつ自分に許しています。


私が喋っていることは、書いても良い/書きたいと思ったことなので、あなたのお時間の許す際にお楽しみ頂けましたら幸いです。




手記の目次はこちら




bottom of page