25.4.1
年度末で大忙しだったためエイプリルフールも特に何もないのですが、私が忍たまだったころの話をそのうちします、とだけ書いておきます。
嘘でも冗談でも比喩でもなんでもなく、本当にそうでした。忍たま乱太郎のブームが来ているらしい今、とても懐かしく感じています。
25.3.29

五冊目の日記の中でお話した、画像整理で出てきたデータです。2022年1月の日付が残っていました。
『薔薇のつぼみの女王のための歌』創案中の咲良です。ノートの端に思いつきのように描いた、ざっくりしたラフの幼く純心で柔らかくて少し神経質そうな雰囲気がとても気に入って、このバランスをもとに彼女を作りました。
右の立ち絵の方が、左よりも前に書いたものだったはずです。作中よりも頭身が高いですね。155センチくらいありそう。
エマはと言うと、最初の1ページを描いたとき、まだハートの髪型ではありませんでした。
ボツ原稿も手元に残っています。箱の中の大量の紙束の間のどこかにあって、出すのがとても大変なのでまたいずれ……
その時のエマは猫のようにちょっと縦長の瞳孔で、髪を結う位置も上のほうで、今より気が強そうでした。けれどなんとなく、その姿が彼女の魂とぴったりとはいえないなと感じて、そこで手が止まってしまったんです。
ああでもないこうでもないと考えてもしっくりくるエマにならなくて、しばらく放り投げ、やがて彼女のほうから呼んでくれたみたいに突然ハートの髪型を思いついたとき、私の知っている少女になりました。
25.3.25
「友人にメッセージアプリで『行ってくるね』と送るつもりが、Xに『言ってこね』と誤字した上で誤爆する」という何も面白くない夢を見て飛び起きました。
夢なのでもっと荒唐無稽な内容や、「公式発表前の秘匿情報を誤ってSNSで公開してしまう」など背筋が凍るようなおそろしい大誤爆で震えあがっても良さそうなところ、逆に現実っぽくて不気味でした。
そういえば、中学生なら一度は妄想すると言われる、「学校にテロリストが現れる」系の夢を見たとき、かっこよく活躍するどころか自分が真っ先に死にました。
近い系統で「学校でゾンビパニックが発生する」の時も、みんなほど早く逃げられず、画面端に映るモブくらいのスピードでゾンビになりました。
今すぐ走るのをやめたいのに、最初に脱落した人になりたくないから半泣きで20mシャトルランを往復していた頃の話です。
主人公でいられるはずの夢の中ですら、自分が最強になるイメージがまったくできないのが反映されていて、可哀想なのにちょっと笑えます。
マラソン大会とかありましたよね、嬉しい記憶など無いですけど。
嫌いな行事ランキング1位でした。冬の定番で、毎年やらされるのが苦痛で仕方ありませんでした。
一緒に走ろうと約束した子に裏切られるのは定番として、最後の方になると目立つし、先に着いてもうすっかり終わった気でいるクラスメイトや分厚いコートを着た保護者たちにしらじらしく応援されるのが本当にいやで、50人いるとしたら30番台で帰ってこられるよう必死で走りました。
その結果、ゴールしたところで思い切り転び、左膝に大怪我を負って今も傷跡が残っています。
大人になってよかったことの一つは、「自分以外の人間の都合で動かされる」が減ったことです。その分、選択に責任が伴うため、それが楽ではない場合もありますが。
子供のころたくさん抱えていた「いやだな」って、諦めと受容しかなかったですよね。
それが、どうしようもないものではなくなったのだと気が付いた時、心の底から自由を感じました。
お読みいただきありがとうございました。
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