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日記帳八冊目

9月1日
読了時間: 18分

更新日:9月2日



26.9.1


魔法少女まどか☆マギカ本編で一番好きなセリフは、


「あなたは彼に夢を叶えてほしいの? それとも、彼の夢を叶えた恩人になりたいの?」


です。




本作をご存じでない方のために、簡単にご説明しますね。


「何でも一つ願いを叶えてあげる。その代わり、魔法少女になって、命をかけて敵と戦って」


そう持ち掛けられた中学生の女の子たちが、自分なら何を願うか話し合っている場面です。


そのうちの一人、さやかという少女は、「幼なじみの男の子の腕を治したい」と考えています。

男の子はバイオリニストを目指していましたが、怪我あるいは病気によって、もう楽器を弾けない体になってしまったことが作中で示唆されます。

さやかは彼に片想いしていて、何度も病室へ通い、献身的にお見舞いをしています。



冒頭のセリフは、こう続きます。


「同じようでも全然ちがうことよ、これ」


「腕を治してあげたい」という願いは、本当に彼のためだけのものなのか。

それとも、彼を救った恩人になりたい、感謝されたい、特別な存在になりたい、ひいては両想いになりたいという、自分自身の欲望も含んでいるのか。

幸せになってほしいのか、自分が幸せにしてあげたいのか。そこを曖昧にしたまま願わないほうがいい、という忠告です。


これに対して、さやかは「その言い方は、ちょっとひどいと思う……」と反応します。

きっと図星だったのでしょう。

「彼のために尽くす献身的な私」という自己像の下にあるものを指摘されたと感じ、反射的に抵抗した。彼女は普通の中学生ですから、無理もないことです。


「ああ、そうか。私は彼の腕が治ってほしいだけではなく、感謝されたいし、特別な存在になりたいし、できれば両想いになりたいんだな」とすぐに自覚して、見ないようにしていた欲望と正面から向き合い、自分の中の物語に反する事実に耐えられるほど、精神的に成熟しているはずがありません。






(ここから、その先の物語の内容に触れます。映画のネタバレはなく本編のみです)




そして実際に、男の子の腕は治りましたが、さやかの望む結果にはなりませんでした。


献身的にお見舞いをしてくれたからといって、人はその相手を好きになるわけではないんですよね。

回復した彼が選んだのは、自分に告白してくれた別の女の子でした。たとえ、さやかが命を懸けて腕を治してくれたと知ったとしても、彼女は自分が願うほどの「特別な存在」にはなれなかったでしょう。


さやかは、彼にもう一度バイオリンを弾けるようになってほしかった。元気になってほしかった。それは間違いなく本当です。

けれど同時に、その奇跡を起こすのが自分であってほしかった。彼の人生を救った人として、彼の中に残りたかった。


「彼の幸福の中で、自分が重要人物でありたい」


これが、かなり正解に近いのではないかな、と私は思います。




もちろん、これは恋愛に限った話ではありません。

誰かを心配するとき、助けようとするとき、何かを贈るとき、応援するとき。私たちは「あなたのため」「幸せになって」と願いながら、多かれ少なかれ同時に、他人の人生における自分の位置を欲しがっています。


必要とされたい。

覚えていてほしい。

いい人だと思われたい。

特別でありたい。


「その人の中で、自分はこんな存在でありたい」という欲望と、いわゆる純粋な気持ちを完全に切り離すことは、なかなかできません。

相手を見ているつもりで、その人の目に映る自分も見ている。そこには自分のための祈りが、自意識が乗っかっている。


冒頭のセリフが特別好きなのは、「好きな人のために願える私」という美しくて正しい自己像を破壊されそうな少女の痛みが、画面を通して私の胸にも刺さったからです。

それまで信じていた、幼くすらある綺麗で潔癖な世界に亀裂が入り、またひとつ現実を知ってしまったと言えるほど衝撃的でした。




今の私は、そういう欲望は、人間の中にごく普通にあるものだったんだな、と考えています。

好きな人に感謝されたい。賢いと思われたい。「僕の表現を深く理解してくれる特別な感性を持つファンが現れた」と感激されたい、も同じでしょう。


欲望が同時に存在していても、それだけで好意や善意が偽物になるわけではない。ちゃんと自覚できてさえいれば、さほど処理も難しくないはずです。


危ういのはむしろ、「私はそんなものを求めていない」と思い込むことなのかもしれません。

何も求めていないつもりで救おうとし、労力を惜しまず、献身し、期待していないつもりで溢れるほどの好意を注ぐ。

やがて、望んだ結果が返ってこなかったとき初めて、


「こんなにしてあげたのに」


と絶望してしまう。憎しみに反転してしまう。



冒頭のセリフも、「そんな欲望は醜いから捨てなさい」と言っているのではなく、「それもあなたの願いなら、ちゃんと数に入れなさい」と言っているのだと思います。


彼の腕を治したい。元気になってほしい。私のおかげだと知ってほしい。感謝されたい。特別になりたい。愛されたい。

全部ひっくるめて、自分が本当は何を欲しがっているのか知ってから願った方が、きっと後悔は少ないよ、と。



そう考えるようになってから、私はときどき自分に聞きます。


「私は今、何を返してほしいんだろう」


何もなければそれでいいし、あるならそれもいい。

ただ、相手が期待通りの反応をしてくれなくても「魔女」にならずに済むか? とは、なるべく一度考えてから動くようにしています。

なるかもしれない、と思ったら、その行動を控えればいい。欲望そのものを否定するより、ずっと身軽に生きられます。







このセリフが好きだという話は折に触れてしているので、ご存じの方もいらっしゃると思いますが、こんなに長く書いたのは初めてです。


かつては「衝撃的だった」くらいしか書けなかったと記憶しています。

初めて観たとき、確かに何かを感じて、世界の見え方が少し変わった。私の中で根を張った。でも、それが何だったのかを説明する言葉はまだ持っていませんでした。


それからずいぶん時間が経ち、今はこれだけ言葉にできるようになりました。自意識の痛みや葛藤を抱えた少女を、やがて自分の作品の中で描けるようになりました。そのことが素直に嬉しいです。








BOOTHにて、今月分のオーダードローイングの受付を始めました。


今月は制作時間の都合と、フルオーダーをお待ちくださっている方からのご連絡が多いことを考え、受付数を絞って片方のみお受けしています。


ひとまずこちらとBOOTHでお知らせします。タイミングが合いましたら嬉しいです。







専用フォームからのご感想やメッセージも、大切に拝読しています。ありがとうございます。


創作のお話、人生で初めてのことに挑戦されたお話、その中に真弓や咲良の姿があることを知るたび、フィクションが現実に及ぼすプラスの力を想います。

これまで描いてきた少女たちが、誰かの現実の中にも息づいていることが嬉しく、私自身も勇気をいただいています。











26.8.11


久しぶりに透明水彩で大きな絵が完成したこと、そして、好きな女の子を描けたことが心から嬉しいです。

ファンアートのページはしばらく前から共通パスワード限定にしていますが、「貝の家」には現在のところ直接お入りいただけます。


ボロヴィニアに飾っている作品のキャプションには、SNSには書いていない、絵の内側にあるものや描いているときに考えたこと、個人的な感想なども残しています。

また、掲載している画像もSNS用より綺麗です。このお城のことをときどき思い出して、遊びにいらしていただけたら何よりです。







先日、人と話していて、「CDを再生する機器がない」という話題になりました。

そういえば私も持っていません。生活からいつの間にか、CDの現物を再生するという行為が消えていました。


とはいえ、好きなアーティストの新譜が出たときは、今でもたいていCDの現物を買っています。Macに取り込んで、iPhoneと同期されたミュージックアプリに入れ、パソコンかスマホで聴く。CDプレーヤーがなくても不自由はしていません。


ただ、不自由していないだけで、情緒がないなあ、とは感じていました。



15歳の頃、通学路にあった大きな本屋さんにはCDショップが併設されていて、アリプロの過去のアルバムが綺麗に並んでいました。

ジャケットを眺め、裏面に記された曲名を読んで、次はこれを買おうと心に決める。当時の私にとって3,000円は大金だったので、おこづかいを貯めて一枚ずつ買いました。


手に入れた日は、宝物を通学鞄に大事にしまって持ち帰ります。早く聴きたくてそわそわして、親にただいまを言うのも適当になって、ピンク色のかわいいCDプレーヤーにセットする。そうしたらもう、そこは日常を過ごす私の部屋ではなく、アルバムの世界そのものでした。

歌詞カードを開いて、一文字ずつ指でなぞるように読みました。曲名も歌詞も全部覚えていました。


もしあの頃、サブスクで全曲をいつでも聴けたなら、同じ体験はできなかったと思います。そしてきっと、今の私はいなかったでしょう。


もちろん、まだ何もない白紙に次々とものが書き込まれていくような、15歳の柔らかくみずみずしい感性がそうさせていた部分も大いにあると思います。

ただ、それと同時に、音楽の聴き方そのものも変わりました。

現物のCDを手に取り、盤面のデザインを見て、歌詞カードに触れ、ひとつのアルバムを最初から最後までゆっくり聴いて世界観に浸る。そんな贅沢な時間を、気づけば私は選ばなくなっていました。


考えてみれば、音楽に限った話でもありません。

いま何かを観たり聴いたりするのは、絵を描いているときや移動中、入浴中など、たいてい別のことをしている最中です。




以前、友人たちと集まったとき、こんな話になりました。


「どんなに凝った映像がついている曲でも、ちゃんと見るのはせいぜい最初の一回だけ」

「DVDを買っても結局見ない。"ながら"で楽しめないものに手をつけるハードルが上がった」


その場にいた全員が「すごくわかる」「いつの間にかそうなった」と同意していました。私にも大いに心当たりがあります。


時間をうまく使いたい、効率よくしたい。同時に二つ以上のことをしていないと、なんだかもったいない気がする。やらなければならないことがいつも頭の隅にあって、じっとしていると気が急く。

家で映画を見ていても、なんとなくスマホに手が伸びる。意識して外の世界との接続を切らなければ、目の前にあるひとつのものだけに集中することが難しくなりました。



そういえば、「歌詞見ながら音楽聴いてたら他のことができないじゃん」と言われたことがあります。本当にその通りです。歌詞を見ながら音楽を聴いていたら、他のことは何もできません。

けれど、15歳の私はそれを日常的にしていたのでした。


"ながら"で何かを楽しむこと自体が悪いとは思いません。

寒くてお風呂へ行くのがおっくうな夜も、楽しみにしているものを流せると思えばどうにか立ち上がれることがあります。仕事と生活と創作を回していれば、本当に時間を作るのが難しいです。特に原稿中などは空いているのが耳だけなので、音楽や朗読、画面を注視しなくても楽しめる番組にずいぶん助けられています。


ただ、それとは別に、ひとつのものだけに時間を使うことも私は好きだったはずです。

美術館へ行けば絵を見るしかなく、映画館へ行けば映画を見るしかない。そうやって、目の前にあるものへ半ば強制的に時間を渡せる場所を、心地よく感じます。


どうやら私には、「集中しよう」と心がけるより、他のことがしづらい環境を先に作ってしまうほうが向いているようです。



そういうわけで、つい先日、小さなCDプレーヤーを買いました。

CDを一枚入れて、終わるまで聴くためだけの機械です。最低限の機能しかなく、他には何もできません。

当時と同じようには、もう聴けないでしょう。あの頃とは時間の流れも生活も違います。それでもたまには、歌詞カードを開いて、一枚のアルバムに最初から最後まで付き合ってみたい。


便利になって、いつの間にか選ばなくなっていた時間を、少しだけ取り戻してみようと思います。










26.3.4


今日書くのは、少し重たい思い出です。

続きを開く方は、どうぞ暖かい場所でお読みください。










中学一年生の夏休み。病気ではない理由で、母が短期入院することになりました。

その間、祖母が遠くから来てくれました。


祖母は、慣れない家でも手早く家事をこなし、子供の面倒を見て、部活がある日にはお弁当まで持たせてくれました。



さて、当時の我が家には、娯楽に関するルールがありました。

ゲームと漫画は一日三十分まで。

隠れて遊んでいるのが見つかれば没収です。


楽しい気持ちが盛り上がってもすぐに終わりがくる。

満足できず、いつも「まだ足りない」感覚が残っていました。



けれどその夏は違いました。

母はいない。父は仕事で帰りが遅い。

祖母はこのルールの監督者ではない。


突然の自由!


ものすごい解放感に支配され、私は部活から帰るとすぐゲーム機に飛びつき、夜まで遊び続けました。

家の手伝いも、祖母への気遣いも何ひとつせずに。


良くないことだと、心のどこかではわかっていました。

それでも目の前にぶら下がった「自由」は甘く、どれだけ遊んでも何も言われない非日常の誘惑にずるずると飲み込まれてしまいました。


そうして堕落的に過ごしたせいで、数日後、私にとって忘れられない事件が起きました。

祖母が困り果てて泣いてしまったのです。



「みやちゃん、何もしないの。ゲームだけしてる。おばあちゃん、どうしたらいいの」



そう呟き、目に涙をためていました。私を叱ることなく。


すぐに状況を理解し、反省して謝っていればまだ取り返しがつきました。

しかし、中学一年生の私は、もっと状況を悪くしてしまいました。


初めて見た祖母の涙。優しいおばあちゃんを悲しませたという罪悪感でいっぱいになり、反射的に家を飛び出したのです。

その心理は、今でも「子供だったから」以外の理由を見つけることができません。



家出と言っても、近所のお友達の家に駆け込んだだけです。十二歳の行動範囲などその程度でした。二時間も経たずに居場所が知れ、収束しました。


けれど、土地勘のない場所で孫を見失った祖母は、いったいどれほど不安だったでしょう。

「自分のせいで孫が家出した」。そう思ったかもしれない祖母の気持ちを想像すると、今でも胸が締めつけられます。


「みやちゃんが見つかった」と母に電話する祖母の背中が、今も記憶に焼き付いています。

私はそばに行くこともできず、ただ所在なく立っていました。



祖母を泣かせ、家を騒がせ、入院中の母にまで心配をかけた。

すべて私の未熟さのせいでした。

思い出すたび、恥ずかしさと後悔で涙が出ます。


家に戻ったあとどうしたのか、もうはっきりとは覚えていません。本当の意味で自分のやったことを理解したのは、大人になってからでした。


会う機会があるたび、謝りたいと思いました。

けれど年月とともに小さくなっていく祖母に、忘れているかもしれない昔の出来事を蒸し返すことは、私の自己満足ではないかと恐れました。


自分の罪悪感を軽くするために、相手に負担をかけるのはもっと悪い。

そう考えて躊躇し、最後まで口に出せませんでした。






なぜ今、この話を書いているかというと、

先月、祖母が永眠したからです。


寒冷地のため、「暖かくなったら会いに行こう」と予定を立てていました。

けれど今年の厳しい冬を越せず、心臓の持病で亡くなりました。

思い立った時に行くべきだったのです。もう二度と、言葉を交わすことはできません。





雪の舞う中、通夜と翌日の葬儀に参列しました。

最後に骨を拾う途中で、小さな金属片が出てきました。


祖母は心臓のバイパス手術をしていました。

その部品の燃え残りだそうです。



係の方が、私たちに静かに尋ねました。


「一緒に骨壺に収めますか。それとも、こちらで処理いたしましょうか」

「脚に入れていた医療器具を、一緒に持ち帰る方もいらっしゃいます。あの世でも歩けるようにと」


どちらが正しいというものではありません。

だからこそ決めかねて、誰もすぐに口を開くことができませんでした。



そのとき私はつい、

「いらないよ。もう解放されたんだから」

と言ってしまいました。


これは私の個人的な考えですが、私たちは、生身の体という呪いから逃れられません。


容姿は選べない。なりたくなくても病気になるし、歯の一本すら自分では再生できない。

肉体があるために、勝手に評価され、価値を問われることもある。

選択できないものに私たちは縛られている。


祖母は、そんな生身の体の不自由から解放されました。

もう心臓の悪さにとらわれなくていい。

「あの世」では、私たちの知っているお母さんやおばあちゃんとしてではなく、すべての役割から解放された少女の姿で野山を駆けているのかも。


そんな思いで出た言葉でした。



といっても、特に後半は、私自身が現実に折り合いをつけるための空想でした。

斎場で、「故人様との最後のお別れです」と促され、

「おばあちゃんを燃やさないで!」と泣き叫びそうになるのをこらえて扉が閉まるのを見送った、私の中の十二歳の女の子をどうにか納得させた絵空事に過ぎません。


それでも、その日の夜、母が「あの一言で助かった」と伝えてくれました。

迷っていたけれど、部品を収めないという選択がしっくりきた、と。


母にもまた、納得できる理由が必要だったのだと思います。

生きている人の迷いが晴れたのなら、それが一番良いのでしょう。







冒頭に書いた、十二歳のころの祖母との出来事で、私は自分を責め続けてきました。


「中学生にもなれば、

どうすればおばあちゃんの助けになれるか、

少し考えればわかるはず。

ありえない。どうしてできなかったの?!」


と。


おばあちゃんを悲しませて平気で生きている当時の自分に対して、理解するまで殴り続けたいと本気で思うほど許せませんでした。



しかし、「少し考えればわかるはず」は、

本当にそうだったのでしょうか。


私はずっと、今の自分の目線であの頃の自分を裁いていました。

大人になってから身につけた理解力や想像力で、中学生を断罪していたのです。


夏休み。見張る人が誰もいない解放感。

ブレーキが利かなくなって遊びすぎてしまっただけ。

その年齢で完璧に自分を制御できるはずもない。


すぐに謝れなかったのは、泣かれたこと自体にびっくりして、それで頭がいっぱいになってしまったから。


家出してしまったのも、祖母を悲しませた衝撃をうまく処理できなかっただけなのかもしれない。


罪悪感が強すぎて逃げる、という行動自体は大人でも起こります。

強い自己嫌悪に耐えきれず連絡を絶つ。

仕事に行けなくなる、人と会えなくなる。


それが殴り続けられるほどの罪かというと、きっとそうではない。



私は、理想的な孫でいられなかった過去の自分が「許せない」のではなく、「許さない」ことを頑なに選び続けていただけでした。

けれどその強烈な自罰感情は、もう誰の役にも立ちません。



棺の前で泣きながら謝る私に、母は言いました。


「おばあちゃんのためにも、自分を許してあげて」


自分を責める気持ちはまだ残っており、すぐには難しいですが、いつかそうなれた日のためにこの言葉を拒否せず、受け取っておくことにしました。









「何歳ならこれくらいできる」という基準は、大人になるにつれてつい高くなりがちです。

そのため、物語のキャラクターも、印象に合わせて少し大人びて描かれることが多いように思います。


中学生でも他者と的確なコミュニケーションがとれて、主体的に行動できる。自己理解が成人レベルで、基本的に間違えない。少し失敗しても一度で正しい反省をする。

実際は大人でも難しいですよね。



現実では、たとえば注意されたら、注意されたこと自体にショックを受けてしまい、何がいけなかったのか分かるまでに時間が必要なこともある。


自分以外の人にも感情があって好き嫌いがあり、思い通りにはならない。ということすら、まだ十分にはわかっていないかもしれない。


当時どんな世界に生きていて、どう考えていたのか、何が嬉しくて何が嫌だったのか、大人になって振り返ってやっと言葉にできる。



そんなエマ(『薔薇のつぼみの女王のための歌』)の発達段階の精神は、即刻断罪されるべき致命的な欠陥ではない。と私は考えています。


この作品は読んでいてノンストレスでもなければ、キャラが品行方正でもありません。

けれど、未熟さが愛おしいと思って描いたことを、この日記を書いていて改めて思い出しました。







祖母は、孫を可愛がる優しいおばあちゃんでした。

両親をのぞけば、私が初めて、理由なく大切に扱われた相手だったように思います。


成績が特別良いからでも、役に立つからでもなく、ただそこにいるというだけで可愛いと言ってくれた人でした。


外の世界では、残念ながら、存在しているだけで他者に認めてもらえることはあまりありません。

集団の中で尊重され、対等に扱われるためには、何かしらの価値が求められます。


足が速いとか、勉強ができるとか、お話が面白いとか、明るいとか。

子どもの社会は建前がないぶん、大人の世界よりもその基準がはっきり見えることがあります。


けれど祖母の家は、その競争から離れた安全地帯でした。

そこで私は、「価値」で測られたことが一度もありません。


何かができるからではなく、私がただ私であるというだけで深く愛し、大切にしてくれた。

祖母の手のぬくもりや声のやさしさは、今も私の中を静かに巡っています。









ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。

しばらく心の落ち着かない日々が続いていました。


日常に戻るために、一度、思考を言葉にして切り離す必要があると感じて書いたものです。誰も読んでいなくても、きっと同じことを綴っていたと思います。


それでも、最後まで読んでくださった方に感謝いたします。

今週のあなたが穏やかに過ごせますように。




専用フォームからの作品のご感想や、ニコラへの誕生日メッセージ、しかと受け取りました。

大切に拝読しています。ひとつひとつが何より貴重であると感じています。


少しずつ日常のリズムが戻ってきましたので、予定通り、BOOTHにてオーダードローイング受付を再開しました。ご縁がございましたら幸いです。





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