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日記帳八冊目

  • 3月4日
  • 読了時間: 8分

26.3.4


今日書くのは、少し重たい思い出です。

続きを開く方は、どうぞ暖かい場所でお読みください。










中学一年生の夏休み。病気ではない理由で、母が短期入院することになりました。

その間、祖母が遠くから来てくれました。


祖母は、慣れない家でも手早く家事をこなし、子供の面倒を見て、部活がある日にはお弁当まで持たせてくれました。



さて、当時の我が家には、娯楽に関するルールがありました。

ゲームと漫画は一日三十分まで。

隠れて遊んでいるのが見つかれば没収です。


楽しい気持ちが盛り上がってもすぐに終わりがくる。

満足できず、いつも「まだ足りない」感覚が残っていました。



けれどその夏は違いました。

母はいない。父は仕事で帰りが遅い。

祖母はこのルールの監督者ではない。


突然の自由!


ものすごい解放感に支配され、私は部活から帰るとすぐゲーム機に飛びつき、夜まで遊び続けました。

家の手伝いも、祖母への気遣いも何ひとつせずに。


良くないことだと、心のどこかではわかっていました。

それでも目の前にぶら下がった「自由」は甘く、どれだけ遊んでも何も言われない非日常の誘惑にずるずると飲み込まれてしまいました。


そうして堕落的に過ごしたせいで、数日後、私にとって忘れられない事件が起きました。

祖母が困り果てて泣いてしまったのです。



「みやちゃん、何もしないの。ゲームだけしてる。おばあちゃん、どうしたらいいの」



そう呟き、目に涙をためていました。私を叱ることなく。


すぐに状況を理解し、反省して謝っていればまだ取り返しがつきました。

しかし、中学一年生の私は、もっと状況を悪くしてしまいました。


初めて見た祖母の涙。優しいおばあちゃんを悲しませたという罪悪感でいっぱいになり、反射的に家を飛び出したのです。

その心理は、今でも「子供だったから」以外の理由を見つけることができません。



家出と言っても、近所のお友達の家に駆け込んだだけです。十二歳の行動範囲などその程度でした。二時間も経たずに居場所が知れ、収束しました。


けれど、土地勘のない場所で孫を見失った祖母は、いったいどれほど不安だったでしょう。

「自分のせいで孫が家出した」。そう思ったかもしれない祖母の気持ちを想像すると、今でも胸が締めつけられます。


「みやちゃんが見つかった」と母に電話する祖母の背中が、今も記憶に焼き付いています。

私はそばに行くこともできず、ただ所在なく立っていました。



祖母を泣かせ、家を騒がせ、入院中の母にまで心配をかけた。

すべて私の未熟さのせいでした。

思い出すたび、恥ずかしさと後悔で涙が出ます。


家に戻ったあとどうしたのか、もうはっきりとは覚えていません。本当の意味で自分のやったことを理解したのは、大人になってからでした。


会う機会があるたび、謝りたいと思いました。

けれど年月とともに小さくなっていく祖母に、忘れているかもしれない昔の出来事を蒸し返すことは、私の自己満足ではないかと恐れました。


自分の罪悪感を軽くするために、相手に負担をかけるのはもっと悪い。

そう考えて躊躇し、最後まで口に出せませんでした。






なぜ今、この話を書いているかというと、

先月、祖母が永眠したからです。


寒冷地のため、「暖かくなったら会いに行こう」と予定を立てていました。

けれど今年の厳しい冬を越せず、心臓の持病で亡くなりました。

思い立った時に行くべきだったのです。もう二度と、言葉を交わすことはできません。





雪の舞う中、通夜と翌日の葬儀に参列しました。

最後に骨を拾う途中で、小さな金属片が出てきました。


祖母は心臓のバイパス手術をしていました。

その部品の燃え残りだそうです。



係の方が、私たちに静かに尋ねました。


「一緒に骨壺に収めますか。それとも、こちらで処理いたしましょうか」

「脚に入れていた医療器具を、一緒に持ち帰る方もいらっしゃいます。あの世でも歩けるようにと」


どちらが正しいというものではありません。

だからこそ決めかねて、誰もすぐに口を開くことができませんでした。



そのとき私はつい、

「いらないよ。もう解放されたんだから」

と言ってしまいました。


これは私の個人的な考えですが、私たちは、生身の体という呪いから逃れられません。


容姿は選べない。なりたくなくても病気になるし、歯の一本すら自分では再生できない。

肉体があるために、勝手に評価され、価値を問われることもある。

選択できないものに私たちは縛られている。


祖母は、そんな生身の体の不自由から解放されました。

もう心臓の悪さにとらわれなくていい。

「あの世」では、私たちの知っているお母さんやおばあちゃんとしてではなく、すべての役割から解放された少女の姿で野山を駆けているのかも。


そんな思いで出た言葉でした。



といっても、特に後半は、私自身が現実に折り合いをつけるための空想でした。

斎場で、「故人様との最後のお別れです」と促され、

「おばあちゃんを燃やさないで!」と泣き叫びそうになるのをこらえて扉が閉まるのを見送った、私の中の十二歳の女の子をどうにか納得させた絵空事に過ぎません。


それでも、その日の夜、母が「あの一言で助かった」と伝えてくれました。

迷っていたけれど、部品を収めないという選択がしっくりきた、と。


母にもまた、納得できる理由が必要だったのだと思います。

生きている人の迷いが晴れたのなら、それが一番良いのでしょう。







冒頭に書いた、十二歳のころの祖母との出来事で、私は自分を責め続けてきました。


「中学生にもなれば、

どうすればおばあちゃんの助けになれるか、

少し考えればわかるはず。

ありえない。どうしてできなかったの?!」


と。


おばあちゃんを悲しませて平気で生きている当時の自分に対して、理解するまで殴り続けたいと本気で思うほど許せませんでした。



しかし、「少し考えればわかるはず」は、

本当にそうだったのでしょうか。


私はずっと、今の自分の目線であの頃の自分を裁いていました。

大人になってから身につけた理解力や想像力で、中学生を断罪していたのです。


夏休み。見張る人が誰もいない解放感。

ブレーキが利かなくなって遊びすぎてしまっただけ。

その年齢で完璧に自分を制御できるはずもない。


すぐに謝れなかったのは、泣かれたこと自体にびっくりして、それで頭がいっぱいになってしまったから。


家出してしまったのも、祖母を悲しませた衝撃をうまく処理できなかっただけなのかもしれない。


罪悪感が強すぎて逃げる、という行動自体は大人でも起こります。

強い自己嫌悪に耐えきれず連絡を絶つ。

仕事に行けなくなる、人と会えなくなる。


それが殴り続けられるほどの罪かというと、きっとそうではない。



私は、理想的な孫でいられなかった過去の自分が「許せない」のではなく、「許さない」ことを頑なに選び続けていただけでした。

けれどその強烈な自罰感情は、もう誰の役にも立ちません。



棺の前で泣きながら謝る私に、母は言いました。


「おばあちゃんのためにも、自分を許してあげて」


自分を責める気持ちはまだ残っており、すぐには難しいですが、いつかそうなれた日のためにこの言葉を拒否せず、受け取っておくことにしました。









「何歳ならこれくらいできる」という基準は、大人になるにつれてつい高くなりがちです。

そのため、物語のキャラクターも、印象に合わせて少し大人びて描かれることが多いように思います。


中学生でも他者と的確なコミュニケーションがとれて、主体的に行動できる。自己理解が成人レベルで、基本的に間違えない。少し失敗しても一度で正しい反省をする。

実際は大人でも難しいですよね。



現実では、たとえば注意されたら、注意されたこと自体にショックを受けてしまい、何がいけなかったのか分かるまでに時間が必要なこともある。


自分以外の人にも感情があって好き嫌いがあり、思い通りにはならない。ということすら、まだ十分にはわかっていないかもしれない。


当時どんな世界に生きていて、どう考えていたのか、何が嬉しくて何が嫌だったのか、大人になって振り返ってやっと言葉にできる。



そんなエマ(『薔薇のつぼみの女王のための歌』)の発達段階の精神は、即刻断罪されるべき致命的な欠陥ではない。と私は考えています。


この作品は読んでいてノンストレスでもなければ、キャラが品行方正でもありません。

けれど、未熟さが愛おしいと思って描いたことを、この日記を書いていて改めて思い出しました。







祖母は、孫を可愛がる優しいおばあちゃんでした。

両親をのぞけば、私が初めて、理由なく大切に扱われた相手だったように思います。


成績が特別良いからでも、役に立つからでもなく、ただそこにいるというだけで可愛いと言ってくれた人でした。


外の世界では、残念ながら、存在しているだけで他者に認めてもらえることはあまりありません。

集団の中で尊重され、対等に扱われるためには、何かしらの価値が求められます。


足が速いとか、勉強ができるとか、お話が面白いとか、明るいとか。

子どもの社会は建前がないぶん、大人の世界よりもその基準がはっきり見えることがあります。


けれど祖母の家は、その競争から離れた安全地帯でした。

そこで私は、「価値」で測られたことが一度もありません。


何かができるからではなく、私がただ私であるというだけで深く愛し、大切にしてくれた。

祖母の手のぬくもりや声のやさしさは、今も私の中を静かに巡っています。









ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。

しばらく心の落ち着かない日々が続いていました。


日常に戻るために、一度、思考を言葉にして切り離す必要があると感じて書いたものです。誰も読んでいなくても、きっと同じことを綴っていたと思います。


それでも、最後まで読んでくださった方に感謝いたします。

今週のあなたが穏やかに過ごせますように。




専用フォームからの作品のご感想や、ニコラへの誕生日メッセージ、しかと受け取りました。

大切に拝読しています。ひとつひとつが何より貴重であると感じています。


少しずつ日常のリズムが戻ってきましたので、予定通り、BOOTHにてオーダードローイング受付を再開しました。ご縁がございましたら幸いです。





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